小林大吾から寄せられたメッセージ

Post date : 2014.09.05

Category : UNDER THE WILLOW

次は、オレのUTWシリーズを…いや、作品を形にするのに外せない人物。
外せないというよりは、音楽を除いたら、もはやこの人の作品です。
2人3脚感すら漂うこの人、小林大吾です。
この人は詩人であり、トラックメーカーであり、アートワーク全般をこなし、
翻訳的な事もこなし、コーヒーを巧みに淹れれて、常備菜の作成も上手、水泳も得意…
こんなスーパーマンのような男、小林大吾は
レコード盤をこよなく愛する音楽リスナーでもあるのだ。
彼のレコードを愛する様子は、たまに自身のブログでも語られてることがある(気がする)
…それでは、超大作となってる小林大吾から寄せられたメッセージを紹介します…
daigo

感無量です。

縁あって1枚目のソロアルバムからずっとデザイン、コピー、その他もろもろを手がけてきた、
したがって彼の音楽をずっと最前列で聴いてきた僕にとっては本当に溜飲の下がる思いです。
「これがタケウチカズタケだ!」と掛け値なく言える、120%の1枚だと心から感じます。
正直こういう着地の仕方があるとは想像もしていませんでした。
ライブかスタジオかで単純に区切ることのできない、その両方を兼ね備えたこのアルバムは、
プレイヤーであり且つビートメイカーでもある彼のまさしく真骨頂です。

僕もあまり人のことは言えないですけども、タケウチカズタケの音楽とそのスタイルは一言で説明しがたいところがあります。
生粋の鍵盤弾きなのに、サンプラーとエフェクターを駆使しながらたった一人でファンクやヒップホップを体現する特異なソロアクトは、
実際その目で確かめてみないことにはどうしたってイメージが湧きません。
それでいて一度でも体験した人はみな例外なく圧倒されて度肝を抜かれます。
でもやっぱり説明できない。誰かに伝えたいのに、何と言ったらいいのか全然わからない。

たしかにクラブミュージックではあるけれど、それにしては土臭いし、
ヒップホップではもちろんあるけれど、それにしては繊細です。
何より「ピアノでラップしてる感じやね」と折にふれて彼が言う、その意図するところをすぐに掴める人がどれくらいいるでしょう?
それは「料理で詩を表現したい」と言うのと同じで、ほとんど哲学の領域です。
でもずっと観ているとわかります。実際、そうとしか言いようがないのです。

また、ここ数年ですこしずつ比重を占めるようになってきたのは、
多ジャンルに渡るミュージシャンたちとの小粋でド派手なセッションです。
ひとりでもどくどくと脈打っていた黒いダイナミズムが、スリリングな掛け合いによってさらに倍加しないはずはありません。
それまでどちらかというと鳴りを潜めていた彼のもうひとつの顔、30人を超える大所帯HOUSEオーケストラ “A Hundred Birds” の中心人物でもあることが、ここにきてものすごく大きな意味を持ちはじめたんじゃないかと僕はおもいます。
120%、と先に書いたのはつまり、もともと持っていた属性のフル活用が可能になった、という意味です。
満を持してのフルスペック!それにくらべたらごくごくちいさな規模ではあるけれど、
僕もじぶんのアルバムで似たような感慨を抱いていたので、なおのことびりびりと感電するような興奮をおぼえました。

あつかましいこと言ってすみません。

それから、ライブで観ているぶんにはまだそれほどたしかな印象を持っていなかったのだけれど、
音源としてパッケージングされたとき、「あれ、この雰囲気どっかで味わったことあるな」という既視感を抱きました。

それがはっきりしたのはアルバムのコピーを考えていたときです。
キャッチコピーは対象が何であれそれを端的に表すものなので、「これは結局何なんだ」ということを突き詰めるために
いやでも対象と正面から向き合うことになるんですよね。
あれこれ丸投げしおってからに、とぶつくさ言いながら考えを整理していて
ふとあるミュージシャンが頭に浮かび、ポンと膝を打ちました。
(アルキメデスなら「ヘウレーカ!」と叫びながら裸で走り出すところです)

わかった、この感じ、ラムゼイ・ルイスだ!

ラムゼイ・ルイスはジャズ出身のピアノ・プレイヤーでありながら、
60年代に入るとソウルにもなみなみならぬ愛情をかたむけ(”The Piano Player”というそのものズバリなタイトルを冠したアルバムでは、スティービー・ワンダーが1曲提供しています)、
とくにCADET時代に出されたLPはドラムが Earth, Wind & Fire 結成以前のモーリス・ホワイト(!)ということもあって
ビートがバキバキ、当然その帰結としてダンス・ミュージックとも縁が深い、という異色の人です。
またその作品群はヒップホップの観点からもサンプリングソースとして今なお避けて通ることはできません。

ジャズという出自をのぞけば、ふしぎなくらいタケウチカズタケと重なるようにおもえます。

と言ってもピンと来ないかもしれません。どうかアルバムを聴いたあと、YouTubeで Ramsey Lewis の “Kufanya Mapenzi (Making Love)” という曲を検索してみてください。僕の言わんとするところがきっとわかってもらえるはずです。

もちろん、同じでは全然ありません。ラムゼイ・ルイスとちがい、タケウチカズタケはリアルタイムでヒップホップを通過してきています。
加えて、ある時点から二人三脚でやってきたと言っても過言ではないDJ TOKNOW(Romancrew)の存在が
タケウチカズタケの世界観におけるヒップホップ濃度をより高め、アップデートをさらに裏打ちしたと言っていいでしょう。結論はこうです。

「タケウチカズタケはヒップホップ世代のラムゼイ・ルイスである。」

そんな形容が説得力をもつのは、日本中探しても彼ひとりです。

長くなりました。そろそろいいかげんにして帰ります。

ホントにホントにおめでとう!

それはそうと、角砂糖はまだですか。

小林大吾
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読みいってしまいますねー、さすが小林大吾だ
ものスゴい人に例えられてしまいましたが…
ラムゼイ・ルイスに関していうと、
モーリス・ホワイトのプロデュース作品「Sun Goddess」はものスゴく大好き。
7分台以降で終わりに向かっていく辺りの鍵盤が特にいいですねー、なんかムチャクチャで(^^)
このアルバムでは、スティービーのカバーもしてますし、好きなものが組合わさった作品ですね。

小林大吾が触れてた曲 “Kufanya Mapenzi (Making Love)” は
いい感じで狂ってて最高ですねー
これ聴いてこの喩えを思いついたそうで光栄至極。
でも確かに自分っぽい雰囲気あるかもなー…(^^)

しかし、この小林大吾というオトコは、ホントにいわゆる天才なんだと、常々思います。
多くの人がそれを認める所で、そういう声もよく耳にするので、
オレが改めていうのもなんなんですけど…って話ですけど。
こんな素敵な友人がいることに、喜びを禁じ得ないです、感謝を塊にして投げつけてやります。

後、最後にある「角砂糖」の件ですが、
これはオレが小林大吾を、要するに馬車馬のように扱っている為、
馬車馬…競走馬…よく働いた馬にひょいと充てがうもの、ということで
オレがよく使うようになった「角砂糖」を、とうとう馬の方からせがまれてしまっている、ということです
まあ、いわゆる私信です、はい(^_^;)

そんな小林大吾の才能に遺憾無く触れられる最新作にして、早くも名作入りの「小数点花手鑑」はこちらで試聴出来ます
まだ小林大吾の世界に触れた事のない人は、この作品から辿って行く事を
お勧めしておきます。

では、最後にレアなライブでの競演の模様を…

KAZTAKE 42 MUSIC